建築士:佐藤幸好さん

もくさん

●設計

有限会社 佐藤建築企画設計 代表

佐藤幸好(さとう・ゆきよし)さん

profile

1952年生。芝浦工業大学建築工学科卒業後、建築事務所勤務を経て、1983年に事務所設立。シンプルで飽きがこない家、長持ちする家、
エネルギーをあまり使わない家…と、自然素材を活かした身体に気持ちいい家づくりを目指し、県産材を使った木造の家にもこだわりを持つ。趣味は、まちづくり活動。

もくさん

●施主

医療法人 坂東ハートクリニック 院長

坂東正章(ばんどう・まさあき)さん

profile

1953年生。23年にわたり小松島赤十字病院(現:徳島赤十字病院)の循環器科で勤めたのち、003年に開院。循環器の病気を持つ患者の生活調整により、薬や手術に頼らない、生活の質を重んじる医療を提供している。クリニックのサイトには院長の思いあふれるメッセージが満載。

趣味は、家族旅行。

 


※お施主さんである『坂東ハートクリニック』にて、対談形式でお話を伺いました。

なお、「木の家を楽しむ人からの手紙 第五回:安心感のある木造クリニック」では同じ内容を掲載しています。

 

患者さんの立場を考えた、安心感のあるクリニック

もくさん坂東 僕が日赤病院に勤めている頃、病院の建て替え計画があったんです。ですから学会で県外出張するときはその地域の有名な病院を見学したりして、改善するにはこんなのがいい、あんなほうがいい、と、ずっと考えてきた。その後、自分が開業することになって、そのアイデアを全部出せたのが、このクリニックなんです。

佐藤 最初は、妙なリクエストがいっぱいあって、正直、驚きましたね。

坂東 まあ、“妙”ではなかったと思うけど(笑)。

佐藤 いや、それまでの病院建築の常識とは違う部分がかなりあった、という意味ですが。ですからすごい回数の打合せをしましたねえ。メールでも相当やり取りしましたし。

当時、先生はまだ病院に勤務されていて、打合せは自宅に帰られてからなんですが、心臓手術では凄腕の先生なので、夜の9時や10時に緊急手術が入って、そのまま朝までかかったり‥‥。そういう先生の大変さ、仕事に対する誠実さを知って、私自身建築家として、先生の気持ちを受け止めて、きちっと応えなきゃいかん、と思いましたね。

ただ、「100%応えることは難しいですよ」と、先生には最初に言いました。どんな住宅でも建物でも、100%期待通りということはあり得ない。建てたあと、住まいながら、使いながら、完成されてくる。特に先生の場合は、建ってからもいろんな改良や工夫をしながらどんどん変えていくだろうから、我々が100%作ってしまいすぎると、違った問題が逆にいろいろ出てくるような気がしたんです。だから、私には8割程度のお手伝いしかできない、ただしその8割については、私の技術力でそれをとことん実現しよう‥‥そう思って関わった仕事でしたね。

もくさん坂東 でも、出来上がったときは自分が思った通りのものでしたよ。あとは仕事量が変わってくるから、もう一部屋か二部屋欲しかった、というのはありますが。構造や狙いは、思った通りです。

手術はチームでやるものですから、開業医では手術はできない。だから、ここには手術室はないんです。病院勤めだったとき、緊急手術で来る患者さんをたくさん診てきて、「なんでこんな治療しか受けてないの?」ということがよくありました。緊急手術で一生懸命助けるよりも、緊急手術にならないようにするほうが実は非常に大事で、ここはそのための施設なんですね。

僕は携帯電話をオープンにしていて、日曜祭日も、夜の10時までは患者さんの電話を受けるんですけど、ある患者さんがそれを知らなくて、具合が悪くなった日曜日、休診だと知ってはいたけどここに来たらしい。で、「駐車場でしばらくいたら気持ちがラクになって、治りました」って。それを聞いたときは、来ただけで安心してもらえたのかと思うと、嬉しかったですね。看護師も、「先生、ここ、まるで寺院ですね」って(笑)。それは我々に対する信頼感もあると思うけど、この建物全体の安心感も大きいですね。これだけ木をふんだんに使った開業施設は、なかなかないと思います。

佐藤 僕は鳴門の「あいあい診療所」さんの仕事で、初めて木造のクリニックを手がけたんですが、坂東先生はそこにも見学に行かれたそうで、それがこの仕事のスタートラインですね。

坂東 手術をする施設を作る場合、消毒の関係で木造は無理なんです。でも手術はしないから、木造で作ろうと、最初から考えていました。ここの土地は300坪で、平屋で建坪が100坪。100坪もある開業医ってなかなかないんだけど、自分の仕事に必要なスペースを考えて、そこに僕が考える“クリニックの機能”を付け加えたら、どんどん大きくなって。(笑)

大きな病院の場合、窓があっても外が見えなかったり、エアコンで空調管理されているところが多いですが、ここは本当に自然に恵まれたところで、窓の外の風景が田んぼでしょ。田植えの時期から青葉が伸びる時期、稲穂が実って、稲刈りの時期‥‥ずっと変わります。待っている間も非常に気持ちいいんですよ。居眠りする人もいるくらい。これは、佐藤さんが、待合室にはこの場所の借景をしたほうがいいと、提案してくれたんです。

もくさん佐藤 この待合室は、建物の西北に当たるんです。西日が入るし、普通はこんな場所を待合室にするなんてあり得ない。待合室としては南東の角が一番良い、というのが常識です。でも、ここの環境を見せていただいたとき、風景を見て過ごしてもらおうと考えた。だから椅子も全部窓側を向けています。普通は受付のほうを向いていますが、ここは反対で、来た人と顔を合わさなくていい。僕はテレビが嫌いだから、普通の病院にあるようなテレビも置かずに、BGMを聞きながら四季折々の景色を楽しんでもらおうと。

坂東 5月くらいからは窓を開けて、デッキに椅子を出しておくと、そこに座る人もいますね。普通の病院の待合室は三人掛けの椅子が多いですが、ここの椅子は形や高さが全部違います。患者さんの体型もさまざまなわけだから、自分の座りやすい椅子に座ってもらおうと考えたんです。いろいろ座ってみて、自分の指定席を見つけている人もいますね。

壁側には琉球畳を敷いた座敷も作りました。おじいちゃん、おばあちゃんの中には、待っている間、横になりたい人もいるわけです。実際、この畳のコーナーから席が埋まっていきます。上がりこんで正座したりね。あ、でも、椅子に正座するお年寄りもおられますけどね(笑)。

こういう発想は、全部患者さんとの会話から得ています。23年間の病院勤めの間に、「肘掛がなくて深い椅子は起き上がるだけでも大変だ」とか、いろいろ聞いていた。それならこういうのがいいと、自分の中に温めていたアイデアのひとつです。

佐藤 一番最初に先生から、A4で何枚もの資料をいただいたんです。設計に対する要望もあったけど、メインは医療に対する考え方でしたね。その後、設計を進める中で、僕らが診療所の仕事でやってきたこととはかけ離れたことが出てきて、「なぜかな?」と思ったときにまず立ち返るのは、患者さん。先生はいつも患者さんの立場で考えている。「こうしたほうが患者さんが便利でしょ?」と。ここで仕事する先生や看護士さんたちの便利も大切だけど、診療所で本来一番に考えなければいけないのは患者さんだというのが、先生と話をしながらだんだんはっきりしてきて、プランニングも含めてかなり変わりましたね。この待合室の椅子なんかも、当初私にはこんなイメージは全然なかった。そういう意味でも、私自身がとても勉強させてもらった仕事です。

もくさん坂東 クリニックを木造で作るうえで、フィトンチッド(植物が発散する、殺菌力や癒し効果を持つ化学物質)のことだとか、木造にすることの効果を深く考えたというのではなかったんです。僕の医療人生の後半を使う場所として、木造が好きだから、木造にしたい、というだけで。でも、毎回来るのが楽しみだと言ってくれる患者さんも多いですね。

佐藤 季節によって待合室のディスプレイも変えておられるんですよ。おひな様の時期にはひな壇があったり、阿波踊り時期にはちょうちんがあったり。

坂東 僕には「人生は限られている」という意識があって、40代からは「折り返している」という意識が強いんです。だから残っている時間を、患者さんと一緒に、より良く使いたい。ここで風景を見たり、四季折々のディスプレイを見ることで、季節が流れていることが患者さんにも伝わる。ああまたこの季節が来た、私にも人生そんなに残ってないかも知れない、だったらカラダを大事にするために、こうしておこうよ‥‥そういうメッセージが、ここにはあるんです。

食事相談の部屋も、機能優先の調理室みたいにしてしまうと、怒られているみたいで面白くないから、ちょっと割烹風にして、楽しみながら食事を勉強できるようにしました。食事をきちんと調整すれば、高血圧の薬を飲まなくてもよくなって、「これでクリニックは卒業です。もう来なくていいですよ」という人も出てくる。それを学会で発表したら、「先生のやり方では病院の収入が減るのでは?」と聞かれたりする。でも、患者さんにはそちらのほうが良いでしょう。経営はもちろん大事だけど、治る患者さんを無理にリピーターにしてお金を取るというのは本末転倒ですからね。

僕はカルテも全部患者さんにコピーを渡して、僕が対応できない緊急のときは、それを持って救急病院に行きなさいと言ってあります。まあ、普通そんなことする病院はありませんね。だいたいカルテ開示でモメますから。でも僕は、検査データも所見も、電子カルテでキレイに読めるようにして渡します。ミスして失敗したら、それは認めて謝るしかない。情報開示して、患者さんがその先生にかかるかどうか決める。そうやってオープンにしたら、何も怖いことはないんですよね。

佐藤 そういう、先生の医療に対する考え方を最初にいろいろ資料で渡されて、それがハードに結びついたところもあるけど、ソフトの面で、私自身のそれまでの診療所のイメージ、考え方を変えることになったのが大きかったし、時間もかかりましたね。

坂東 そういう意味では、僕はものすごく面倒なクライアントであったと思います(笑)。

佐藤 いや、もちろんものすごくこだわられていたけど、何にこだわっているのかというのが重要でね。意匠(デザイン)に凝って、人目を引くカッコイイ建築物を作ってくださいという注文ならそれに応えることもできるけど、先生の場合はそうじゃない。医療というものをきちっと捉えながら、患者さんの立場にある診療所を作る。その場合、構造的なこと、材料の評価などはもう別のことになってきますよね。患者さんと日々対峙されている先生が納得しなければ前に進めないということを、私自身も良く分かった。そのために時間はたくさん使いましたが、面倒だったとは決して思わないですね。長かったようで、終わってしまえば早かった、というのが私の印象です。

もくさん坂東 一口に「木造」と言ってもいろいろありますが、合板を使うなんて想像もしていませんでした。その分、「費用は上がりますよ」とは言われましたが(笑)、どこにも合板は使わずに、全部杉板で作ってもらいました。格子とか畳、障子、そういう和風のものが非常に日本人の安心感を呼び起こして、穏やかな気持ちにさせてくれるようで、木造にして正解だったと思っています。

佐藤 材料選びの段階では、木の質感や色、効用も含めて、相当議論しましたね。私はやるなら徹底して、杉だったら杉でやろうと。だからトイレの中も杉板です。“徳島すぎ”、上勝の「もくさん」の材料です。私は「もくさん」とはお付き合いが長いんですが、当時「もくさん」がパネル工法と言って、先に工場で杉板のパネルを作ってそれを建築現場に持って行き、工期を短縮するというやり方で住宅を手がけ始めていました。その実際のものも先生に見ていただきながら、こういう方法でやりたいと説明して、先生の納得が得られたので、この方法でやりました。

坂東 最初は、僕は床には体育館みたいな、硬い木がいいんじゃないかと思ったんです。桜の木でしょうか。だけど杉のほうが良いですよと言われて、そのときはかなり押し合いへし合いしましたね(笑)。で、実際に床を杉板で施工している喫茶店を見に行ったり。

佐藤 杉は柔らかいので、特に床に使うとキズが付きやすいという欠点もあります。ここも建ってから7年過ぎているのに、この程度のキズしか見えないのは、塗料を塗ったり、ちゃんとメンテナンスしてもらっているからなんです。でもその柔らかいという杉の特性は、足に優しいし、人の感覚に近い。硬い材料はいくらでも他にありますが、先生のコンセプトからすると、やはり柔らかい材料のほうがふさわしいと思ったんです。

坂東 以前、韓国に行って歩いてたら、どうもひざが痛い。どうしたのかなあと思ったら、そうだ、全然床の硬さが違うんだ、と。街の道も家の床も、石が多いんです。足元が硬いと、関節に来ますね。このクリニックでは床が全部木なので、最初に来たとき、玄関で靴を脱ぐ人もいますよ。

佐藤 ここまで全面を木の床にしてるのに、土足で上がるという施設は、意外に少ないです。この床板は、4センチの厚みがあります。室内なので傷が付いても表面だけですから、研磨すれば十分キレイになる。薄い貼り物(合板)だったら削ってしまったら終わりですが、研磨で元に戻るところが木材の良さですね。壁面のパネルは厚さ3センチの杉板で、中には標準的な断熱材を入れています。窓もペアガラスを使って、機密性、断熱性を高める工夫をしています。

坂東 冬は暖房、夏は冷房もしますけど、間の季節は窓を開けています。すーっと風が流れてきますよ。これが気持ちいいんです。

佐藤 住宅建築にしても、あまりにも機械設備に頼りすぎていた頃から、いまは少し考え方が変わってきているように思います。経済的とかエコポイントなどとはまた別に、昔からあった、自然の風を通すなどの工夫で、住まいはそこで暮らす人にとって、より快適になるはずだ、と。この診療所も患者さんのために、住まい感覚に近い設計をやっていったらいいのかな、という思いはありました。RC(鉄筋コンクリート)の環境の中では難しいですけど、木造だったらそれが可能ですからね。

坂東 「さあ、病院に来たぞ!」というような緊張する建物よりは、住まいのような、気持ちが落ち着けるリラックスできる建物のほうが、そりゃあ良いですよね。レントゲン室に障子を置いたのも、ああやって目に見えるカタチで安心できるものがあるのが良いと思ったんです。

もくさん佐藤 やはり木の良さを本当に分かっていただくには、先生が建てる前にあちこち見に行かれたように、事前に体験することがものすごく重要なんです。杉材って、意外と好き嫌いがあるんですよ。というのは、仕上がったばかりの状態の杉材は、赤身と白い部分が極端に分かれて目立っている。実際、これまでに手がけた住宅の仕事でも、引き渡しのときに「汚い、こんなんイヤじゃ」という反応もありました。建物が出来たときが完成品だと考えると、木目をプリントしたような、人工的に作られた均一性のある素材と比較してしまって、本当の木造のほうは美しくないと感じてしまうのかも知れません。そういう意味では木造は、不思議なくらいに完成品じゃないんです。

それが、使っていくうちに全体があめ色に黄変してきて、存在感も出てくる。建物が成長して、だんだん完成に近づいていく。建物の中で住まう人、仕事する人、そこに来る人も含めて、より自分になじんでくるのが、杉、もしくは木材の良さなんです。それを事前に体験して、触っておいていただかなければ、2、3年後には完成に近づくんだと、いくら理屈で分かっていても、感性の部分でギャップがあります。そのヘンをきちっと見ておいていただくのが、すごく大切なんです。

坂東 僕は汚らしいとは思わなかったけど、新しいときに、ちょっと痛々しい感じはしましたね。木が伐られて、そのままポンと来てるような、“伐りたて”みたいな感じで、木がかわいそうだなという感じはしました。

佐藤 これほど理解していただいている先生でも痛々しさを感じるくらい、「伐りたて!」って感じなんですよ、最初は。原木から製材して、引きたての状態の材木を使っているわけですから。それが7年経って、いまでは黄変して全体になじんでいる。均一な色合いになって木目だけがきれいに見えている。そういう経年変化を、ぜひ住まいながら、使いながら、楽しんでいただきたいですね。

 


佐藤さんが提携しているのは・・・

もくさん

(株)もくさん

徳島県上勝町の豊かな森林資源を守りながら、地域の活性化を推進する第3セクター方式による株式会社です。

「地球環境の保全」をテーマに、森林の管理・育成から、 住宅の設計・施工までを総合的に取り組んでいます。

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