(3)図面をひく人(建築士)

建築士:渡邊速さん

ハウスG

(有)渡辺企画設計代表

渡邊速(わたなべ・すすむ)さん

profile

1949年阿南市生まれ。東京大学工学部建築学科卒業後、(株)大林組東京本社設計部(6年間)、徳島県庁住宅課(10年間)を経て(有)渡辺企画設計を設立し現在に至る。
徳島大学工学部で教鞭も取る。住まいづくり、まちづくりに関するコンサルタント業務の他、住宅設計なども手がける。ハウスG住宅センター(協)の設立には構想段階から協力し、住まいづくり教室の講師も!

 


情報を多く求めるより、信頼できるパートナーと出会うことが大切です

※「住まいづくり教室」を開催しているハウスG住宅センターで伺いました。

県産材の使いどころは「用」と「美」を考えて

ハウスGハウスGは「県産材を多用した空間づくり」をお勧めしていますが、そのポイントは2点ありま
す。ひとつは、杉板などを納戸やクロゼットなどの収納スペースに使用する‥‥これは、木材の湿気調整機能という「用」に期待した使い方です。
二つ目は、「美」というと少し大げさですが、県産材のスギやヒノキは、他と異なる固有の趣・雰囲気を持っていますので、それが生きるような使い方です。例えばハウスGが提唱しているものに大黒柱がありますが、それと組み合わせてスギやヒノキの板を縦または横に貼っていく。すると、華やかではないものの、落ち着きと和らぎがあり、どこか懐かしい気分にさせる空間が得られるように思います。また、新しい材料(新建材)とスギ板などを組み合わせるような使い方も面白いですね。色合いだけでなく、質感(テクスチャ)が異なる2つを同一壁面に併存させることで、新鮮な室内空間が演出できるのではないかと考えています。
その他、県産スギの梁を天井に見せる、「現し(あらわし)」という手法もあります。平板になりがちな天井に変化を与えるだけでなく、天井高を大きくして、空間を有効に使うという効用もあります。寝室は梁の下に天井をつけて天井高は2m40cm、リビングは天井を「現し」にして天井高2m60cm、といったようなやり方ですね。構造材を意匠としても使う、ということです。
部屋の大きさに比例して、天井高をできるだけ高く取るという一般的な要望に応えられます。本来は裏方のものが表に出るわけですから、エンドユーザーの抵抗感がある場合もありますが、「現し」にする場合はもちろん、そうしても大丈夫な材料を提供するようにしています。

双方向の情報伝達が可能な「ハウスG住まいづくり教室」

ハウスGここでは、「ハウスG住まいづくり教室」を定期的に開催しています。これはハウスG住宅センターが諸活動の核として位置づけている事業で、開始以来10年を越えて、開催回数も60を数えています。教室開催を周知する新聞広告や通信紙に「知りたいこととお伝えしたいことが学べる場」というキャッチコピーを付けていましたが、この文にこそ住まいづくりの教室の本質というか、存在理由があります。一般論的に、住まいづくりの第一歩は情報収集だとされています。TVのCM、展示場、雑誌・カタログ、新聞・チラシから最近のインターネットまで、情報収集の手段はさまざまです。それらの多くが、手軽さを競っていますが、「ハウスG住まいづくり教室」は、決して手軽ではない。参加者の皆さんに多大の犠牲を強います。わざわざ会場に足を運び、長時間椅子に座って学ばなければならないですからね。
しかし、ここで得るものは小さくないと思っています。多くの消費者の皆さんが知りたいと思っていることだけでなく、専門家側から見て知っていてほしい、考えて欲しいことも併せて伝えるからです。その中には、ハウスG住宅センターが用意している住宅供給の仕方とは異なる、ありていに言えばセンターに不都合な話も含まれます。つまり、こちらにとって宣伝になる、都合のいい情報だけでなく、客観的な情報を提供しようという姿勢を、できるだけ保ちたいと考えているのです。お客様の選択肢を包み隠さずご紹介して、それぞれの場合、どういうメリット・デメリットがあるかを伝える。自分たちのいいところばかりじゃなくて、偏らず、公平に情報を伝えるように務めています。
エンドユーザーが知りたいことだけでなく、専門家の側から、「これはみなさんが考えている以上に大事な問題だから、しっかり考えて欲しい」ということも話します。建築士会の住宅相談会での相談内容の8割はトラブルなんです。具体的には「手直ししてくれない」とか。そういうトラブルを招く一番の原因は、住宅を建てる際の役割分担ができてない。施主さんは素人ですが、専門的な仕事の分野を誰に任せるかという、基本のところを割と大雑把に捉えて、真剣に考えていなかったことに原因がある場合が多いんです。だから、これは大事ですよ、という説明をしているわけですね。

ハウスGもうひとつ重要なことは、講師が一方的に話すのではなく、できるだけ参加者の皆さんからも、積極的に質問をもらうように心がけている点です。実際にはなかなか難しいのですが、可能な限り、一方的ではない、双方向の情報提供となるよう努めています。また、「プロとつくろう!マイホームプラン」という、自宅の平面計画をつくる講座では、ワークショップ的なやり方を導入して、皆さんの参加度合いを高めるように工夫しています。講義を聴くというより、イベントに参加しているような感じをイメージしてもらうといいかも知れません。

教室の講座レベルはやや高めで、少し難しく感じる方も多いようです。しかし、長時間がんばったという満足感もあるのでしょうか、開催後のアンケートではおおむね好評との結果を得ています。それは嬉しいことなのですが、最近参加者の数が停滞気味なのが残念なところです。新聞広告等だけではその内容・質が分かりにくいのと、やっぱり長時間教室に拘束されることに、抵抗を感じるからかも知れません。講座は短いものでも一日5時間×2日間、週末をまるまる犠牲にしなきゃいけない。長いものは一ヶ月半にわたり、金曜日の夜に2時間~3時間×5回と、現場見学会に行っていますから。以前はユニークな試みとして捉えられていましたが、最近はあちこちでいろんなイベントもあるので、と目新しさがなくなってきたのかも知れません。ただ、内容的には大切なもの、良いものをやっていると確信していますので、これからも発信していきたいと思います。

「まとめたことを伝える」から「伝えながらまとめる」へ

一般的に、住まいづくりの教科書には「家族で話し合ってまとめたもの(できれば優先順位を付けて)を設計してくれる人に伝えましょう」とあります。しかし実際には、これはそう簡単なことではなく、一筋縄ではいかないんです。まとめる人たちは、失礼ながら建築、設計については素人です。伝える内容が不十分なこともあれば、互いに矛盾するものも含まれる。そしてもちろん、伝えそこなう事項もありうるのです。
ですから、建築主の方には、次のようにお願いしています。
「要望をまとめていても、まとめていなくても、ご自分の考え・思いをどんどんおっしゃってください。それに対し、建築士の私も意見を言い、提案します。時間はかかるかも知れませんが、そのやりとりを通じてこそ、あなたの家づくりの意見が整理されていきますよ」と。このような、「伝えながらまとめていく」プロセスが、私の個人的な見解ですが、非常に重要だと思っています。
もちろん、伝えるときに具体的なもの、たとえば材料とか、形とか、生活習慣などを含めていただけるとありがたいですね。建築士との話がより深まり、まとめやすくなるのではないでしょうか。
実際のやり取りの中では、建築主さんが発言される内容と、期待されているカタチや空間とが、案外一致してないことがあるんですよ。それが、何回か建築士と話をするうちに、いろいろな例を見せてもらったり意見を聞く中で、勘違いが正しいものに近づく場合もあるし、「自分はこういうことが大事だ」と考えていたけれど、なぜそう思っていたのか、もっと奥にある別の理由に気がついたりする‥‥そういうこともあり得ます。
そういうのは、会話を重ねていくことで初めて到達できることなんです。「ゆっくり考えて、すばやく実行」というのが、家作りの極意だとは思うんですけれど、建築主が自分の知識の中で作った形より、なぜそうしたいのかということを話していただくことで、建築士側からもっといい提案ができるかも知れない。「こういう行動をするからここにこれだけのスペースが要る」と考えておられるけど、その行動はここではなく、実は別な場所でやったほうがいいのでは?という場合だってある。ですから、どんどん話をしていただきたいと思っています。

これから木の家を建てようとする人へのアドバイス

ハウスG木の家を建てるとき、郷土愛を少し発揮していただけると嬉しいですね。これはアドバイスというより、お願いに近いでしょうか。これは私が以前から思っていることです。
郷土のモノとヒトを使う。モノは当然のことながら、スギやヒノキなどの県産の木材が主なものです。「地産地消」を住まいづくりでも実行してもらえたらと思います。ヒトは、人、または組織。家を設計し建てる人々のことです。各地域に根ざして住宅建設に携わっている人たちは、有名や俳優やタレントが登場するようなコマーシャルは流せません。残念ながら、情報発信力が非常に小さいのが現実なんです。大きな住宅メーカーや建築会社の、圧倒的なテレビなどのマスコミを使った情報発信力に比べて、地方の業者は武器の少ない、いわば竹ヤリの戦いをしているようなものです。しかし、それでも消費者の皆さんに自分たちの住まいづくりに対する思いを伝えたい、技術を持っているところを知って欲しいと、日々がんばっています。ですから、消費者の皆さんには、いまよりほんの少しでもいいから、彼ら(地域ビルダー、住宅建設業者)のほうに近づいていって欲しい。間近で彼らの県産材を使った仕事を見て、その考えに耳を傾けてもらえたらと思います。

木の家づくりに関するアドバイスは数多く、とてもここでは話しきれませんが、現時点で大事と思われることをお話ししてみます。

■メリハリの利いた情報収集に努めること(がんばりすぎる人へ)

「家づくりは人生の一大事業。失敗は許されない、懸命に努力しなければ」――などと考えるからでしょうか、まじめな人はとにかくがんばる。がんばって、いろんなところに出向き、いろんな手段を使ってさまざまな情報と出会い、それを自分のものにしようとする。その結果、混乱状態に陥り、自分が何を大事にしていたのかさえ見失ってしまう、ということにさえなりかねません。
建てようとする家での家族の暮らし方、その現在の姿と将来の姿をしっかり描くこと、また、設計や工事を誰に頼むか、つまり、自分ではできないことについての役割分担をどうするかなど、ごくごく基本的なことがらをきちんと決めること、そこに焦点を絞るべきです。
そうしたメリハリの利いた努力の結果、信頼できる相手と出会うことができれば、皆さんの住まいづくりは半分以上成功したと言えるのではないでしょうか。言うは易し、の助言かも知れませんが。あまり多くの情報を探しすぎないほうがいいと思います。

■木の住まいに対する助成策を活用すること

そう多額ではないのですが、国の助成策には木造に限定したものもあります。補助金をもらうための条件を満たすことや、取り組むタイミングが難しいなど、越えるべきハードルは低くないのですが、助成策を活用することができれば住まいづくりが少し楽にできるようになります。
ただし、助成策の精度の中身は分かりにくい。適切な機会を利用して、専門家に説明してもらうことをお勧めします。そして、その機会が「ハウスG住まいづくり教室」であったら、当方としては非常に嬉しく思います。

いろいろお話ししてきましたが、とにかく自分で全部をやろうと思わないで、いい専門家に出会って、うまく役割分担できれば、満足のいく結果が得られると思います。家づくりは人生で一回だけのことだから、昔は親から教えてもらったものですが、それは僕らの年代までのことでしょう。いまの30代の方たちは、家作りについて親御さんから教えてもらう機会がなくて、自力で建設業者を探さなければならない。何百件も事例が載っているような雑誌の中から何を基準にどれを選ぶかと言ったら、それは大変な作業だと思います。
まずは、「信頼できるパートナーに出会えるポイント」に出会わないといけないと思うんです。「住まいづくり教室」の、一番最後のまとめの言葉は、「出会い」なんですよ。しかしこれも、いまは選択肢がすごく豊富で情報も多いから、マジメな人ほど、困るような状況じゃないでしょうか。

良い業者かどうかを見抜くのはなかなか難しいんですが、ひとつは、自社に不都合なことを言わない会社は辞めたほうがいいですね。なんでもかんでも大丈夫だという、イエスマンのような会社は考えものです。「ちょっと考えさせてください」って言うところのほうが、たいがいは良いはずです。この、「どんな業者に仕事を頼むか」「どういう設計事務所がいいか」というのは、エンドユーザーの最大関心事です。でもそれは、公的な場所ではなかなか言えない。だからその回答は、エンドユーザーは常に得られていないんです。また、回答を得るために努力しようがないところもある。だから一生懸命家づくりをしようとする方は、そのエネルギーを、私たち建築・設計のプロから見たら、「そんなところまで知らなくても大丈夫なのに」といようなところにまで一生懸命に情熱をつぎ込んでしまう図式になっているような気もするんです。悪循環ですね。
ですから、時間を割いて「ハウスG住まいづくり教室」に来てくださった方には、良い業者・設計士と出会うために大切にするポイントを始め、家づくりを考える上でキーとなることを、効率的に、しっかりお伝えしたいと考えています。


渡邊さんが提携しているのは・・・

ハウスG

ハウスG住宅センター

徳島県上勝町の豊かな森林資源を守りながら、地域の活性化を推進する第3セクター方式による株式会社です。

「地球環境の保全」をテーマに、森林の管理・育成から、 住宅の設計・施工までを総合的に取り組んでいます。

→ハウスG住宅センター(協)サイトへ(外部サイト)

建築士:佐藤幸好さん

もくさん

●設計

有限会社 佐藤建築企画設計 代表

佐藤幸好(さとう・ゆきよし)さん

profile

1952年生。芝浦工業大学建築工学科卒業後、建築事務所勤務を経て、1983年に事務所設立。シンプルで飽きがこない家、長持ちする家、
エネルギーをあまり使わない家…と、自然素材を活かした身体に気持ちいい家づくりを目指し、県産材を使った木造の家にもこだわりを持つ。趣味は、まちづくり活動。

もくさん

●施主

医療法人 坂東ハートクリニック 院長

坂東正章(ばんどう・まさあき)さん

profile

1953年生。23年にわたり小松島赤十字病院(現:徳島赤十字病院)の循環器科で勤めたのち、003年に開院。循環器の病気を持つ患者の生活調整により、薬や手術に頼らない、生活の質を重んじる医療を提供している。クリニックのサイトには院長の思いあふれるメッセージが満載。

趣味は、家族旅行。

 


※お施主さんである『坂東ハートクリニック』にて、対談形式でお話を伺いました。

なお、「木の家を楽しむ人からの手紙 第五回:安心感のある木造クリニック」では同じ内容を掲載しています。

 

患者さんの立場を考えた、安心感のあるクリニック

もくさん坂東 僕が日赤病院に勤めている頃、病院の建て替え計画があったんです。ですから学会で県外出張するときはその地域の有名な病院を見学したりして、改善するにはこんなのがいい、あんなほうがいい、と、ずっと考えてきた。その後、自分が開業することになって、そのアイデアを全部出せたのが、このクリニックなんです。

佐藤 最初は、妙なリクエストがいっぱいあって、正直、驚きましたね。

坂東 まあ、“妙”ではなかったと思うけど(笑)。

佐藤 いや、それまでの病院建築の常識とは違う部分がかなりあった、という意味ですが。ですからすごい回数の打合せをしましたねえ。メールでも相当やり取りしましたし。

当時、先生はまだ病院に勤務されていて、打合せは自宅に帰られてからなんですが、心臓手術では凄腕の先生なので、夜の9時や10時に緊急手術が入って、そのまま朝までかかったり‥‥。そういう先生の大変さ、仕事に対する誠実さを知って、私自身建築家として、先生の気持ちを受け止めて、きちっと応えなきゃいかん、と思いましたね。

ただ、「100%応えることは難しいですよ」と、先生には最初に言いました。どんな住宅でも建物でも、100%期待通りということはあり得ない。建てたあと、住まいながら、使いながら、完成されてくる。特に先生の場合は、建ってからもいろんな改良や工夫をしながらどんどん変えていくだろうから、我々が100%作ってしまいすぎると、違った問題が逆にいろいろ出てくるような気がしたんです。だから、私には8割程度のお手伝いしかできない、ただしその8割については、私の技術力でそれをとことん実現しよう‥‥そう思って関わった仕事でしたね。

もくさん坂東 でも、出来上がったときは自分が思った通りのものでしたよ。あとは仕事量が変わってくるから、もう一部屋か二部屋欲しかった、というのはありますが。構造や狙いは、思った通りです。

手術はチームでやるものですから、開業医では手術はできない。だから、ここには手術室はないんです。病院勤めだったとき、緊急手術で来る患者さんをたくさん診てきて、「なんでこんな治療しか受けてないの?」ということがよくありました。緊急手術で一生懸命助けるよりも、緊急手術にならないようにするほうが実は非常に大事で、ここはそのための施設なんですね。

僕は携帯電話をオープンにしていて、日曜祭日も、夜の10時までは患者さんの電話を受けるんですけど、ある患者さんがそれを知らなくて、具合が悪くなった日曜日、休診だと知ってはいたけどここに来たらしい。で、「駐車場でしばらくいたら気持ちがラクになって、治りました」って。それを聞いたときは、来ただけで安心してもらえたのかと思うと、嬉しかったですね。看護師も、「先生、ここ、まるで寺院ですね」って(笑)。それは我々に対する信頼感もあると思うけど、この建物全体の安心感も大きいですね。これだけ木をふんだんに使った開業施設は、なかなかないと思います。

佐藤 僕は鳴門の「あいあい診療所」さんの仕事で、初めて木造のクリニックを手がけたんですが、坂東先生はそこにも見学に行かれたそうで、それがこの仕事のスタートラインですね。

坂東 手術をする施設を作る場合、消毒の関係で木造は無理なんです。でも手術はしないから、木造で作ろうと、最初から考えていました。ここの土地は300坪で、平屋で建坪が100坪。100坪もある開業医ってなかなかないんだけど、自分の仕事に必要なスペースを考えて、そこに僕が考える“クリニックの機能”を付け加えたら、どんどん大きくなって。(笑)

大きな病院の場合、窓があっても外が見えなかったり、エアコンで空調管理されているところが多いですが、ここは本当に自然に恵まれたところで、窓の外の風景が田んぼでしょ。田植えの時期から青葉が伸びる時期、稲穂が実って、稲刈りの時期‥‥ずっと変わります。待っている間も非常に気持ちいいんですよ。居眠りする人もいるくらい。これは、佐藤さんが、待合室にはこの場所の借景をしたほうがいいと、提案してくれたんです。

もくさん佐藤 この待合室は、建物の西北に当たるんです。西日が入るし、普通はこんな場所を待合室にするなんてあり得ない。待合室としては南東の角が一番良い、というのが常識です。でも、ここの環境を見せていただいたとき、風景を見て過ごしてもらおうと考えた。だから椅子も全部窓側を向けています。普通は受付のほうを向いていますが、ここは反対で、来た人と顔を合わさなくていい。僕はテレビが嫌いだから、普通の病院にあるようなテレビも置かずに、BGMを聞きながら四季折々の景色を楽しんでもらおうと。

坂東 5月くらいからは窓を開けて、デッキに椅子を出しておくと、そこに座る人もいますね。普通の病院の待合室は三人掛けの椅子が多いですが、ここの椅子は形や高さが全部違います。患者さんの体型もさまざまなわけだから、自分の座りやすい椅子に座ってもらおうと考えたんです。いろいろ座ってみて、自分の指定席を見つけている人もいますね。

壁側には琉球畳を敷いた座敷も作りました。おじいちゃん、おばあちゃんの中には、待っている間、横になりたい人もいるわけです。実際、この畳のコーナーから席が埋まっていきます。上がりこんで正座したりね。あ、でも、椅子に正座するお年寄りもおられますけどね(笑)。

こういう発想は、全部患者さんとの会話から得ています。23年間の病院勤めの間に、「肘掛がなくて深い椅子は起き上がるだけでも大変だ」とか、いろいろ聞いていた。それならこういうのがいいと、自分の中に温めていたアイデアのひとつです。

佐藤 一番最初に先生から、A4で何枚もの資料をいただいたんです。設計に対する要望もあったけど、メインは医療に対する考え方でしたね。その後、設計を進める中で、僕らが診療所の仕事でやってきたこととはかけ離れたことが出てきて、「なぜかな?」と思ったときにまず立ち返るのは、患者さん。先生はいつも患者さんの立場で考えている。「こうしたほうが患者さんが便利でしょ?」と。ここで仕事する先生や看護士さんたちの便利も大切だけど、診療所で本来一番に考えなければいけないのは患者さんだというのが、先生と話をしながらだんだんはっきりしてきて、プランニングも含めてかなり変わりましたね。この待合室の椅子なんかも、当初私にはこんなイメージは全然なかった。そういう意味でも、私自身がとても勉強させてもらった仕事です。

もくさん坂東 クリニックを木造で作るうえで、フィトンチッド(植物が発散する、殺菌力や癒し効果を持つ化学物質)のことだとか、木造にすることの効果を深く考えたというのではなかったんです。僕の医療人生の後半を使う場所として、木造が好きだから、木造にしたい、というだけで。でも、毎回来るのが楽しみだと言ってくれる患者さんも多いですね。

佐藤 季節によって待合室のディスプレイも変えておられるんですよ。おひな様の時期にはひな壇があったり、阿波踊り時期にはちょうちんがあったり。

坂東 僕には「人生は限られている」という意識があって、40代からは「折り返している」という意識が強いんです。だから残っている時間を、患者さんと一緒に、より良く使いたい。ここで風景を見たり、四季折々のディスプレイを見ることで、季節が流れていることが患者さんにも伝わる。ああまたこの季節が来た、私にも人生そんなに残ってないかも知れない、だったらカラダを大事にするために、こうしておこうよ‥‥そういうメッセージが、ここにはあるんです。

食事相談の部屋も、機能優先の調理室みたいにしてしまうと、怒られているみたいで面白くないから、ちょっと割烹風にして、楽しみながら食事を勉強できるようにしました。食事をきちんと調整すれば、高血圧の薬を飲まなくてもよくなって、「これでクリニックは卒業です。もう来なくていいですよ」という人も出てくる。それを学会で発表したら、「先生のやり方では病院の収入が減るのでは?」と聞かれたりする。でも、患者さんにはそちらのほうが良いでしょう。経営はもちろん大事だけど、治る患者さんを無理にリピーターにしてお金を取るというのは本末転倒ですからね。

僕はカルテも全部患者さんにコピーを渡して、僕が対応できない緊急のときは、それを持って救急病院に行きなさいと言ってあります。まあ、普通そんなことする病院はありませんね。だいたいカルテ開示でモメますから。でも僕は、検査データも所見も、電子カルテでキレイに読めるようにして渡します。ミスして失敗したら、それは認めて謝るしかない。情報開示して、患者さんがその先生にかかるかどうか決める。そうやってオープンにしたら、何も怖いことはないんですよね。

佐藤 そういう、先生の医療に対する考え方を最初にいろいろ資料で渡されて、それがハードに結びついたところもあるけど、ソフトの面で、私自身のそれまでの診療所のイメージ、考え方を変えることになったのが大きかったし、時間もかかりましたね。

坂東 そういう意味では、僕はものすごく面倒なクライアントであったと思います(笑)。

佐藤 いや、もちろんものすごくこだわられていたけど、何にこだわっているのかというのが重要でね。意匠(デザイン)に凝って、人目を引くカッコイイ建築物を作ってくださいという注文ならそれに応えることもできるけど、先生の場合はそうじゃない。医療というものをきちっと捉えながら、患者さんの立場にある診療所を作る。その場合、構造的なこと、材料の評価などはもう別のことになってきますよね。患者さんと日々対峙されている先生が納得しなければ前に進めないということを、私自身も良く分かった。そのために時間はたくさん使いましたが、面倒だったとは決して思わないですね。長かったようで、終わってしまえば早かった、というのが私の印象です。

もくさん坂東 一口に「木造」と言ってもいろいろありますが、合板を使うなんて想像もしていませんでした。その分、「費用は上がりますよ」とは言われましたが(笑)、どこにも合板は使わずに、全部杉板で作ってもらいました。格子とか畳、障子、そういう和風のものが非常に日本人の安心感を呼び起こして、穏やかな気持ちにさせてくれるようで、木造にして正解だったと思っています。

佐藤 材料選びの段階では、木の質感や色、効用も含めて、相当議論しましたね。私はやるなら徹底して、杉だったら杉でやろうと。だからトイレの中も杉板です。“徳島すぎ”、上勝の「もくさん」の材料です。私は「もくさん」とはお付き合いが長いんですが、当時「もくさん」がパネル工法と言って、先に工場で杉板のパネルを作ってそれを建築現場に持って行き、工期を短縮するというやり方で住宅を手がけ始めていました。その実際のものも先生に見ていただきながら、こういう方法でやりたいと説明して、先生の納得が得られたので、この方法でやりました。

坂東 最初は、僕は床には体育館みたいな、硬い木がいいんじゃないかと思ったんです。桜の木でしょうか。だけど杉のほうが良いですよと言われて、そのときはかなり押し合いへし合いしましたね(笑)。で、実際に床を杉板で施工している喫茶店を見に行ったり。

佐藤 杉は柔らかいので、特に床に使うとキズが付きやすいという欠点もあります。ここも建ってから7年過ぎているのに、この程度のキズしか見えないのは、塗料を塗ったり、ちゃんとメンテナンスしてもらっているからなんです。でもその柔らかいという杉の特性は、足に優しいし、人の感覚に近い。硬い材料はいくらでも他にありますが、先生のコンセプトからすると、やはり柔らかい材料のほうがふさわしいと思ったんです。

坂東 以前、韓国に行って歩いてたら、どうもひざが痛い。どうしたのかなあと思ったら、そうだ、全然床の硬さが違うんだ、と。街の道も家の床も、石が多いんです。足元が硬いと、関節に来ますね。このクリニックでは床が全部木なので、最初に来たとき、玄関で靴を脱ぐ人もいますよ。

佐藤 ここまで全面を木の床にしてるのに、土足で上がるという施設は、意外に少ないです。この床板は、4センチの厚みがあります。室内なので傷が付いても表面だけですから、研磨すれば十分キレイになる。薄い貼り物(合板)だったら削ってしまったら終わりですが、研磨で元に戻るところが木材の良さですね。壁面のパネルは厚さ3センチの杉板で、中には標準的な断熱材を入れています。窓もペアガラスを使って、機密性、断熱性を高める工夫をしています。

坂東 冬は暖房、夏は冷房もしますけど、間の季節は窓を開けています。すーっと風が流れてきますよ。これが気持ちいいんです。

佐藤 住宅建築にしても、あまりにも機械設備に頼りすぎていた頃から、いまは少し考え方が変わってきているように思います。経済的とかエコポイントなどとはまた別に、昔からあった、自然の風を通すなどの工夫で、住まいはそこで暮らす人にとって、より快適になるはずだ、と。この診療所も患者さんのために、住まい感覚に近い設計をやっていったらいいのかな、という思いはありました。RC(鉄筋コンクリート)の環境の中では難しいですけど、木造だったらそれが可能ですからね。

坂東 「さあ、病院に来たぞ!」というような緊張する建物よりは、住まいのような、気持ちが落ち着けるリラックスできる建物のほうが、そりゃあ良いですよね。レントゲン室に障子を置いたのも、ああやって目に見えるカタチで安心できるものがあるのが良いと思ったんです。

もくさん佐藤 やはり木の良さを本当に分かっていただくには、先生が建てる前にあちこち見に行かれたように、事前に体験することがものすごく重要なんです。杉材って、意外と好き嫌いがあるんですよ。というのは、仕上がったばかりの状態の杉材は、赤身と白い部分が極端に分かれて目立っている。実際、これまでに手がけた住宅の仕事でも、引き渡しのときに「汚い、こんなんイヤじゃ」という反応もありました。建物が出来たときが完成品だと考えると、木目をプリントしたような、人工的に作られた均一性のある素材と比較してしまって、本当の木造のほうは美しくないと感じてしまうのかも知れません。そういう意味では木造は、不思議なくらいに完成品じゃないんです。

それが、使っていくうちに全体があめ色に黄変してきて、存在感も出てくる。建物が成長して、だんだん完成に近づいていく。建物の中で住まう人、仕事する人、そこに来る人も含めて、より自分になじんでくるのが、杉、もしくは木材の良さなんです。それを事前に体験して、触っておいていただかなければ、2、3年後には完成に近づくんだと、いくら理屈で分かっていても、感性の部分でギャップがあります。そのヘンをきちっと見ておいていただくのが、すごく大切なんです。

坂東 僕は汚らしいとは思わなかったけど、新しいときに、ちょっと痛々しい感じはしましたね。木が伐られて、そのままポンと来てるような、“伐りたて”みたいな感じで、木がかわいそうだなという感じはしました。

佐藤 これほど理解していただいている先生でも痛々しさを感じるくらい、「伐りたて!」って感じなんですよ、最初は。原木から製材して、引きたての状態の材木を使っているわけですから。それが7年経って、いまでは黄変して全体になじんでいる。均一な色合いになって木目だけがきれいに見えている。そういう経年変化を、ぜひ住まいながら、使いながら、楽しんでいただきたいですね。

 


佐藤さんが提携しているのは・・・

もくさん

(株)もくさん

徳島県上勝町の豊かな森林資源を守りながら、地域の活性化を推進する第3セクター方式による株式会社です。

「地球環境の保全」をテーマに、森林の管理・育成から、 住宅の設計・施工までを総合的に取り組んでいます。

→(株)もくさんサイトへ(外部サイト)

建築士:根岸徳美さん

TSウッドハウス

UN建築研究所

根岸徳美(ねぎし・なるみ)さん

profile

1964年徳島市生まれ。神戸大学工学部建築学科卒業。東京の設計事務所を経て93年、植村成樹氏とUN建築研究所を設立。設計の傍ら、県内の集落や民家を実測調査し、伝統的構法の住まいの良さを再確認。06年「第3回真の日本のすまい提案競技」で「サンゲンカク小さな木の家からはじまる暮らしの提案」が国土交通大臣賞を受賞。08年「佐那河内小中学校一体型校舎新築事業設計コンペティション」最優秀賞受賞。

 


木の家のいちばんの良さは心地よいこと。建築現場も木のいい香りがします。

TSウッドハウス徳島の木材を使うようになったのは、17年前に帰郷し、設計事務所を開設してからです。子どもの頃は行動範囲もせまく、徳島のことをほとんど知らずに県外に出たので、戻ったときは発見の連続でした。いろいろなものがとても新鮮に感じました。カタログには載っていない地元の木や土などの素材がとても魅力的でした。また、県内には古い民家がたくさん残っていて、「阿波のまちなみ研究会」に所属し、民家の実測調査に参加するようになりました。長い年数を経て、現在も人が住んでいる民家は、生き生きとして、家族の日々の暮らしを包みこんでいるおおらかさがありました。お施主さんとも相談して、徳島のスギやヒノキを使う木造住宅に取り組むようになりました。

木のことは、大工さんや林業家、製材所の人たちに教わりました。強度の高い梁材の挽き方、スギの性質に合った仕口(接合部)、水廻りや外部は腐りにくい心材(赤身)を使うことなど、数えたらキリがありません。木を見て、木を生かす大工さんの技術は、道具が機械化されてもしっかりと残っています。昔からある民家のように、柱や梁を室内にあらわした住宅を設計するようになりました。

TSウッドハウス徳島の木をふんだんに使って家を建てたいのだけれど、予算が足りないというお施主さんには、間取りを工夫して要望より少し小さな家を提案し、総予算を合わせるようにしています。私たちが設計している住宅では、木材費は工事費の2割程度なので、少し面積を減らしたり、設備機器をシンプルなものにすることで調整できる範囲です。家を小さくすることで、外が広がり、外とのつながりを生かせば、小さいながら心地よい家になります。打合せを何度か重ねて、お施主さんがおっしゃる言葉をつなげ、その家族が普段どんな様子で過ごしているか想像しながら設計します。いろいろな生活の場面を想像しながら進めると、最終的にはとてもシンプルな間取りになります。暮らしや家族の変化に対応しやすくメンテナンスしやすいことも、このような家づくりの良さです。

個性的な銘木も魅力的ですが、よく手入れされ、素直に育った徳島のスギやヒノキは、普段の暮らしの中で大きな面積に使っても、心地よく落ち着けます。毎日長い時間を過ごす場所にふさわしく、住む人にやさしいのではないでしょうか。もちろん、製材所の人たちや大工さんたちと一緒に、使う場所によって、強度や性質、色目など、適材適所に木配りをします。私たちは、林業家が長年大切に育ててくれた木を、住む人に手渡す役割。その家に長く住み続けてもらうため、新建材にはないこのひと手間はかかせません。

TSウッドハウス木の家のいちばんの良さは、心地よいこと。建築現場にも木のいい香りがします。設計した家ができあがると、小さな子はすぐに裸足になったり、床を転がったりして喜びます。やっぱり気持ちいいのでしょう。体中で気持ち良さを表現している姿を見ていると、子どもたちが日中のほとんどの時間を過ごす学校や幼稚園に木(特に近くの山で育った木々)を使いたいと思うようになりました。現在、設計している佐那河内小・中学校では、校舎の内部に徳島のスギやヒノキを使う予定です。私たちの世代は、在学中に木造から鉄筋コンクリート造へと校舎が建て替えられてきた世代です。幼稚園や小学校の低学年で過ごした木造校舎の柱や床、木の机や椅子の肌触りは、今でも懐かしく思い出されます。鉄やコンクリートなどの堅いものだけに囲まれていると、心まで堅くなってしまうような気がするのですが、木に囲まれていると穏やかな気持ちになれます。当初、木造で提案したかったのですが、現在の法規と決められた工期ではかなり無理があることが分かり、内装の中で、特に子どもたちが直接触れることのできる床や壁、家具や建具に徳島の木を多用することにしました。敷地に面して流れる園瀬川の源流に、県行造林(村と県が分収契約を結んで管理している森林で、県が間伐などの手入れを行っている)があることが分かり、50年生の桧の間伐材を校舎の床板に使えることになりました。実教材として、生まれ育った地域の自然や技術を子どもたちに伝えることができればと期待しています。

TSウッドハウス最近では、木造住宅の梁材に関しては、ほぼTSウッドハウスさんにお願いしています。設計期間中、おおまかな間取りが決まると、構造スケッチの段階で相談に行きます。着工まで期間のある場合は、ひとつの山の木で製材し、詳細設計の間に乾燥してもらいます。伐採ツアーで自分の家に使う木を伐り出す様子を体験できる場合もあります。期間のないときには、すでに乾燥できているものの中から選んでもらいます。「その寸法のものはないけど、これならある」などと図面を見ながらやりとりをして、乾燥材に合わせ組み方や継手の位置を変更することもあります。TSの材は、山で葉枯らし乾燥をした上に製材後に桟積み、自然乾燥しています。そのため、色艶や香りがよく、木が持つ油分を含む成分が残るため、大工さんが構造材をあらわして組む家づくりに向いています。自分の家に使われる木材がどこで育ったものかわかることは、住む人にとって安心でもあり、愛着も大きいようです。


根岸さんが提携しているのは・・・

TSウッドハウス(協)

TSウッドハウス(協)

良質の徳島すぎを構造材として使用したTSウッドハウスの家。山と木を愛する専業林家の視点から日本の住宅を見つめます。

建築家、製材会社、大工のネットワークを使った家づくりを進めています。

→TSウッドハウス(協)サイトへ(外部サイト)

建築士:安藤邦廣さん

那賀川すぎ共販

里山建築研究所

安藤邦廣(あんどう・くにひろ)さん

profile

1948年生まれ。筑波大学教授・一級建築士。大学での研究成果を、「里山建築研究所」を通じ、民間と協同で普及・提供する。日本の森林資源の大きな循環の回復を視野に入れるなかで、古民家再生や里山保全の活動も展開している。趣味はサッカー観戦。


木の家は平和の象徴、日本が世界に誇る哲学なんです。

※古民家を利用した「里山建築研究所」(茨城県つくば市)で伺いました。

古民家を利用した事務所の庭大学で建築を研究する中で「板倉の家」という構法に出会い、一般に普及するため作ったのがこの研究所です。でも実際に建ててみないとその良さは分からないので、実験住宅として僕の実家の仙台に母の家を建てたのが「板倉の家」第一号で、1988年。それを考えるまでに二、三年かかってますから、もう板倉の家とはかれこれ25年の付き合いですね。そして1990年、20年前に那賀川すぎ共販さんと出会って、ここ、つくばでの板倉の家づくりが始まったわけです。

“板倉”というのは板の蔵です。全国的に蔵といえば「土蔵」がその代名詞になってるけど、千年以上前から、日本の都会である京都や奈良では板倉が一般的でした。伊勢神宮や東大寺の正倉院が、その代表です。木は厚く使うと表面が焦げてもなかなか燃えないし、断熱・防火・調湿・耐震という、蔵に必要な性能はすべてクリアしている。これが土蔵に変わった最大の原因は、都市化と戦争で、木材資源が足りなくなったことです。500年前、応仁の乱という大きな内戦が起きたとき、日本の山は全部ハゲ山になって、木がなくなったので土を使い始めた。現代は、60年前の戦争でまた森林資源がなくなり、今度はコンクリートを使うようになった。同じことです。

今は山に木が充分に回復してきたけど、60年間木をあまり使わなかったことで、山で働く人、製材する人‥‥という、一連の木材供給のシステムが壊れてしまって、経済ベースに乗る形で供給できなくなってしまった。外材との価格競争に勝てるだけの合理化ができてないことと、働く人の高齢化、この二つの要因で、日本の木材は自給率わずか20%でしかなく80%を輸入している。世界の森林の三分の一を日本が使ってるわけです。でも、これからはそんなことは許されない。木材資源の、せめて三分の二は自給できるようにしなければならない。

縁側のある和室で話を伺う特にいま山にたくさんある杉は、成長が早いし、中に空気層をたくさん持っていて、密度が低くて軽い、少し柔らかい材料だけど、厚く使えば強度も十分にある。木材資源が回復してきたいまは、500年前に途絶えたものを復活させるチャンスであると同時に、80%輸入に頼っているという国際問題を解決して、日本の住まいは日本の木で作るという、正しい循環を取り戻す重要なチャンスなんです。それには、このホームページで取材されているように、木を植える人、製材する人、設計する人、建てる人、ユーザーという人たちが、同じ目標に向かって連携しないといけない。最初は多少高くついたり、問題もあるかも知れないけれど、千何百年もやってたことだし、現代の技術力をもってすれば、もっとバージョンアップできる。そういう想いで、板倉の家づくりを提唱し、仲間を増やしているところです。

本当は、いつの時代も、世界的に見ても、人類にとって永遠の材料であり、一番高級なのは木材なんです。パルテノン神殿にしても、列柱が全部丸いでしょう。あんなふうに木を真似たつくりになっているのは、もともとその地域でも木造建築だったからです。木は、一番には使いやすい。また住宅に必要な、断熱や調湿、耐震といった性能を備えている。けれど木が育ちにくい地域は木がないから仕方なく、また戦争の多い地域は命や財産を守るために、より燃えにくい、壊されにくい建築が必要になり、石やレンガ、のちには石油製品や鉄やガラスを使ってきた。ヨーロッパや中東、中国も、そういった理由で木造の伝統が早くから失われた。でも長い目で見ればそちらのほうが稀なことで、人間は木材資源を使って暮らしてきた。森林は人類のふるさとだから、当然と言えば当然ですけれど。

木材を使うということは、森林を守るということでもありますね。いまの日本の森はほとんど人工林だから、人が植えて、手入れして、使う、また木が成長することで二酸化炭素を吸収する‥‥。その循環を日本が取り戻すということは、大きな意味で価値があることです。そして板倉の家は、柱や梁だけじゃなく、床、壁、屋根と、全部厚い木で作るから、単純に計算しても、従来工法の2倍から3倍の量の木を使う。ほとんど新建材を使わずに木材で一軒の家を作るというのが、この構法の最大の特徴です。

木の家には、まだまだ目に見えない力があると思いますよ。いまは断熱とか調湿とか耐火・耐震という、物理的な面だけで評価されてるけど、心理的・生理的な面はまだまったくカウントされてない。それを加えたら他の材料より、はるかに優れているのは間違いないと思います。物理的な価値評価だけで戦後復興してきた日本人は、まだそれに気づかないようですが、健康を害してる人、高齢者や妊婦や赤ちゃんといった人たちは敏感です。木の家がどれだけ素晴らしいかというのは、すでにいろんな人が言ってるのはご存知でしょう。

鉄とコンクリートの家は、ストレスが多いんです。音の響きは強いし、湿度をコントロールしないし、熱をどんどん奪ってしまう。機密性が高いから空調が適していただけなのに、「木の家は機密性が低くて寒い」という、ヘンな認識になってしまった。本当は、木の家は冬暖かくて夏は涼しいし、空調がなくても湿度も温度もおだやかに変化します。鉄とコンクリートとガラスの家は、そのままだったら急激な変化をするので、それを補うために空調でフラットにして、いつでも同じような温度と湿度を保っている。でも、それが人間には、またさらに負荷をかけるんです。変化しないということは人間にとって不自然なことだから、別のストレスになる。空調のある部屋では、女性はたいてい体調を崩しますよね。

一枚板の机仕事場というのはある意味戦場だから、ある程度ストレスがあるほうがいい。強い建築が必要なんです。でも、女性が子どもを育てたり、家族が安らぐ場はそうではない。そこのところを間違って、戦後の日本人はすべて戦時体制の家を作っちゃった。だけど戦争は終わったわけですから、平和で持続的な建築を作ればいいんです。本当の平和な時代を21世紀の日本は目指すんだというときに、「公共建築は木で作る」という法律ができた。これは単なる偶然とか気まぐれではなく、あるいは二酸化炭素を25%削減する目標を立てたからというだけじゃなくて、大きな目で見れば、日本が戦争の社会から平和の社会になるんだと、そういう意味があるわけです。

これは面白いし、大切なことです。“木は平和な建築である”。長いスパンの循環をして、自然と共存する思想でしょう? すごい哲学です。日本人がなぜ木を使ってきたのか、歴史に学べば、そういうことが見えてくるんです。

僕たちが本格的に板倉の家を作ろうということになったとき、つくばは関東という大消費地だから、どこの木を使うかはいろいろ選択肢があったし、当然茨城も原木の産地ですから、地元の材料を使うことも考えました。でも、やはり柱材が主なんです。板はあっても、天井板とか化粧の板とか、薄くてキレイなものしかなかった。板倉の家は、一軒で、長さ4m×幅15cm×厚さ3cmの板を1500枚くらい使います。そんなものはどの製材所も作ったことがないので、特注品になるし、乾燥に半年もかかって手間ヒマかかるうえにリスクもあるというので、どこに見積もりを取っても求める単価の倍くらいになってしまって、材料が得られなかった。

そんなとき、徳島は足場板を生産してるというので、徳島の知人に相談したところ、那賀川すぎ共販の千里献一(ちりけんいち)さんを紹介してもらったんです。千里さんにとっても初めての試みだったけど、足場板も九州材に押されて頭打ちだし、とにかく一度やってみようと同意してくれた。最初に10トン車で1200枚の板がいっぺんに届いたときには感激しましたね。

足場板という脇役的な材を主役にするという逆転の発想で、これなら安くできるという見通しはあったけれど、問題は乾燥をどうするか。木の持つポテンシャル(潜在的な力)は、引き出し方によって全然違ってしまうんです。高温で乾燥させる人工乾燥は、速くて効率的だけど、表面的な割れは防げても、木が持っている耐久性物質、芳香性や防腐効果といったものが全部飛んでしまって、カスになってしまう。若い木が持つ生命力が失われて、強度的にももろくなるわけです。それに、木という天然資源を使って家を作ろうというのに、石油で乾かして、おまけにそれがコストに跳ね返るのでは、まるで意味がないでしょう。だから、とにかく野積みでいい、雨に当たっても杉はまたどんどん乾くから、風を通す場所さえあればいい、特別な管理をする必要はないから、那賀川の河川敷にとにかく半年置いて、天日乾燥でやろう、ということになりました。

徳島はやはり、阪神という大消費地に向けてパッと船で出荷できるという立地で、背後の林業地帯から木材を全部那賀川に集めてどんどん出荷したという数百年の歴史があり、材料だけでなく、加工技術も優れているんですね。また、柱材なら京都の北山、薄い化粧材なら秋田杉‥‥といったように、産地によっていろんな品種改良がされてきたなかで、徳島は板を作ることを長くやってきた。だから、板にするには丸太の大きさはどれくらいで、赤身がどれくらいあったらいいか、年輪幅がどれくらいのものがいいか‥‥どんな木が板に向いているかを見極めて製材する、ノウハウとルートを持っている。効率よく大量に板を製材する技術は、日本のトップだったと思います。

那賀川すぎ共販こうした出会いがあって板倉の家が作られるようになって、一番喜んでいるのは「山」でしょう。木がどんどん使われることで山が手入れされてこそ、木が健全に成長していく。木も老化すると二酸化炭素を吸収する力はなくなるんですね。若い木がグーンと育つときに二酸化炭素を吸収するわけですから。でも古い木は若い木が育つのを守るという役もある。人間社会と同じで、やはりバランスが取れてないといけないわけです。いまの山には50年、60年~80年くらいの木に、極端に分布が集中している。これは山が高齢化してるわけで、このままだと超少子化社会になる。山に木はあるけど、植える場所がない、若い木が育たないという状態は深刻なんです。若い木が育つ環境を常に作るのが、正しい循環と持続なんです。

そのためにも、板倉に使えるような、樹齢が50年から70年くらいの木がたくさんある今、これをうまく使って日本人の住まいを作れば、安くていいものが手に入る。今はまったく“旬”、最高のタイミングなんです。旬に木を切れば、また次の旬ができるわけで、そうやって旬が続くようにしないといけないんですね。

いま僕が手がけてる住宅は、基本的にすべて木造です。それは、平和でストレスのない建築を作りたいと思っているから。鉄とコンクリートの建築は戦う建物だから、敵がいる場合や、カラダを鍛えてストレスに負けないって人ならそういう家に暮らしたらいい。ある種の武器、いわば鎧ですよね。それが必要な時代、必要な場所もあった。でも、本来日本は昔から“和”の国です。聖徳太子が「和を以って尊しとなす」と言ったのも、太平洋があって雨が多くて木がある、そういう場所では和を以って暮らすのが一番合ってるという宣言だと思います。そういうことをもう少し大事にして、日本人は世界に先駆けて平和の建築を木で作る、この技術では世界でトップなんだ‥‥ということに、自信と誇りを持つべきだと思いますね。

日本の人工林の3分の2は杉なんです。松もあればケヤキも栗もあったのに、日本人は材料として、いろいろ長く使った結果、杉を選んだ。それには、やっぱり理由があるんです。まず成長が早い、そして成長をやめない。広葉樹は200年くらいで成長をやめて立ち枯れしますが、杉は条件が良ければ一万年生きます。縄文杉までいかなくても、樹齢1000年の杉は結構どこにでもある。つまり生命力が旺盛で、生命を濃縮する力がある。

また、杉は素直な木で、木目がまっすぐに通ってるから、3ミリくらいまで細くできる。他の木では、まっすぐ製材するには3センチくらい厚くしないと途中で折れちゃう。そうすると重くなりますよね。杉はもともと軽い上に細くできる。だから障子やフスマみたいな日本の建具を作るれるのは杉しかないんです。引き戸の文化を日本人が発明できたのは、杉があったからですね。障子もフスマも、雨戸さえ、女性でも片手で開けられるくらい軽いということが、日本の建築のあらゆる特性を作ってます。軽いということは、人間に優しくて、傷つけない。これもまた、平和だということですよね。こんな建具、バーンと破ったら侵入されるでしょう。カギをかけるという発想もない。だけど日本人はこれでOKなわけです。閉めたら「ここから入っちゃダメ」という了解ができる。平和でしょう?こうして、内装や建具に使えるのであれば、コンクリートの建物の内部にも使えますよね。そうすることで、また杉の利用がさらに広がります。

こういうふうに、杉が持っている可能性を理解しながら、日本人が歴史的にたどり着いた高みを、我々はこれから取り戻さなければならない。板倉の家は、そのひとつの始まりなんです。


安藤さんが提携しているのは・・・

那賀川すぎ共販(協)

那賀川すぎ共販(協)

天然の無垢板建材「セーフティボード」や「板倉造の住宅」などを通して、人と自然環境にやさしい快適な家づくりをご提案しています。

→那賀川すぎ共販(協)サイトへ(外部サイト)

建築士:杉本文明さん

スーパーウッディシステム

協同組合スーパーウッディシステム

杉本文明(すぎもと・ふみあき)さん

profile

1953年生まれ、徳島市出身。1975年 芝浦工業大学建築工学科卒業後、株式会社島谷建設入社、建築設計積課・課長職。1985年に退社後、C.A.建築設計事務所設立し現在に至る。今まで手がけた住宅は300棟以上。安心、安全、快適な住宅作り。座右の銘である“一期一会”を大切にしている。ゴルフや愛犬との散歩が休日の楽しみ。


自由度の高さと耐久性がポイントです。

※徳島市内某所に建築中の現場でお話を伺いました。

スーパーウッディシステム柱の本数が多いように見えますか?そうですね、建売住宅なんかだと、見えない部分、要らない部分を削っていく場合もあるでしょうが、ウチの会社にとってはこれが普通です。ここが大きなお宅だからといって、わざわざ増やしているわけでもありません。
このお宅に使っている柱は、全部徳島県産の木です。最近はよく“地産地消”と言いますが、県の風土で育った杉を県内で使うというのは、経済効果的な意味も大きいですしね。このお宅は、柱、梁桁は杉、土台はヒバを使いました。。木によって強度も違うし、粘りがある材料とか、上から力がかかったときにめり込みが少ない材料とか、いろいろありますから、そういう特性を活かして、まさに“適材適所”で使うわけです。

木はずっと生きている、山から切ってきても死なないんです。だから使うときには、よく乾燥しておかなきゃいけない。山に生えてる木は、含水率が200%なんですが、それを25~30%まで落としてやると、乾いてきたときに反ったり、ひずみが出たりすることがない。ウチの場合は、乾燥材を使うということを徹底してます。

木の家にしようというのは、最初からお施主さんが希望されることもありますが、迷われている場合は、私は木造をお勧めしています。この業界で仕事をして35年、鉄筋の家も鉄骨の家も作りましたが、ここ10年くらいは木造の家が多いです。やっぱり“生活”するのは、木造が一番だと思いますね。木材が息をしているから、吸湿作用もあるし、息苦しくない。機密性を高くしても、木そのものが呼吸しているので、住み心地が全然違います。

このお宅は屋根裏をすごく広くしていますが、ここを収納とかに使うわけではありません。贅沢な空間ですよね。こういうふうにしておくと、空気がよく回るんです。木造住宅の特徴として、夏涼しくて冬は温かいと言われますが、その特徴をより活かすために、建つ土地の周辺環境、平地なのか斜面なのか、川などの水辺が近いか、そういったことや方角を考え、風がどの向きからどう入ってくるかを見極めて、窓の位置を工夫する‥‥そういうことも設計段階で設計士がする仕事なんですよ。

スーパーウッディシステム木の家を作る醍醐味というか面白さを言えば、木造のほうがいろんな組み合わせができるので、お施主さんの要望をお聞きしやすい。

このお宅のお施主さんが一番こだわったのは動線ですね。毎日使う主婦にとっては、台所がどこにあり、洗面所がどこにある、というのは大事なところでしょう。子どもさんがおられるので、安全面や防犯面も大切にしました。家の中で怪我をしないように、バリアフリーにもしています。

木造だったら、そういういろんなご希望を聞きつつ、間取りも好きなようにできるし、設計の自由度が高いんです。それに、建てたあともリフォームしやすいという点も大きなポイントです。だから将来的に家族構成が変わっても、対応できるという安心感があります。私はお客様のライフスタイルに合わせた家作りを一番大切にしようと考えているんですが、それにはやはり木造が良いですね。

もうひとつの大きな特徴は、耐久性です。このお宅は70年から80年もちます。それは、70年80年生きてきた木を使っているから。逆に言えば、それくらい持つ家にしないと、山の木がなくなってしまうということですからね。

設計は生き物、臨機応変に。

スーパーウッディシステム設計士と言っても図面を引いて終わりではなく、建築が始まってからも、基礎の配筋ができたとき、コンクリートを打ってるとき、棟上したとき、サッシをつけるとき‥‥と、それぞれの工事が始まるときには顔を出します。ひとつずつの工程をチェックして、違っているときには監督や大工さんに指示もする。大工さんは経験も多いし、逆に「この骨組みはちょっと弱いから、もう少し頑丈にしよう」と、教えてくれる場合もありますよ。

現場の職人さんとコミュニケーションを取って、設計図に厳密にというより、臨機応変に、その家にとって一番良いようにする。職人さんの意見も聞かないと、良い家はできません。そういう意味では、図面を書いて終わりではなく、建ちあがるまで、設計自体が生き物なんです。

これまで住宅だけで300棟くらい設計しました。つまり、300の生活と関わってきた。誰に貸してしまうか分からないビルや、誰が入居するか分からないマンションと違って、住宅は住む人が決まっている。だから、住宅の設計が一番大変だけど、一番面白い。5年先どうなるか、10年先どうなるか、そんな話まで聞いて、生活の中に入っていかないと、設計はできないですからね。

逆にお施主さんのほうからは、希望はできるだけ言ってもらったほうがいい。ほとんどの人が家を建てるのは一生に一回でしょうから、「こんなこと言っても大丈夫かな?」というような遠慮はしないで、どんどん話をして欲しいと思います。一回の打ち合わせで決まる人も中にはいるけど、こだわりの多い人ほど、回数は増えていきます。最初と最後では、間取りが全然変わったお家もあります。

ときにはお施主さんとケンカすることもありますが、お施主さんにとって“いちばんいい家”を目指してのことですから。「この家に住んで良かった」と言っていただけるのが、一番の賞賛ですね。


杉本さんが所属しているのは・・・

スーパーウッディシステム

(協)スーパーウッディシステム

「徳島の気候風土に適した家をつくりたい。」「体にやさしい木をふんだんに使って低価格な家をつくりたい。」

お客様のニーズをしっかりと受けとめて、これからも木の温もりに包まれた「本物の家」を提案してまいります。

→(協)スーパーウッディシステムサイトへ(外部サイト)